Kをめぐるとある仮説『ブレードランナー2049』

f:id:sumogurishun:20180222012918j:plain2017年10月24-28日の日記から抜粋。加筆修正なし。勢いそのまま。


ブレードランナー 2049

前作に心酔している人や、前作が好きな映画評論家の意見を信仰している人は受け入れられない内容だろう。今年何回も言うが、今年公開された映画で一番良かったと鑑賞直後に思ってしまう。笑 前作ではひとりも登場人物が魅力的ではなかったが、今作は登場人物がすべて魅力的(ララランドの伊達男ライアン・ゴズリングが空飛ぶ車から降りてきた時は爆笑した)で、やはりドゥニ・ヴィルヌーヴもここが最もテコ入れしなければいけない点だとわかっていたのだなと。笑 前作が意外にもリアルな近未来だったのに対し、今作は、まあこうなってもおかしくないよなってくらいの近未来。リドリースコット作品の気味が悪いほどの日本観(前作やブラックレインに顕著)もドゥニのおかげで良い塩梅に落ち着き、愛国心の強い者は裏切られたと感じるかもしれない。笑 とにかく監督がドゥニ・ヴェルヌーヴになったことにより前作のキモい信者どもを一掃し、新たなセンスある人々をファンとして迎え入れることに成功したブレードランナーの未来は明るい。ちなみにこの意見を全て反転すると、内容を語らず前作信仰の立場を取ることができるので、ぜひどちらの方もテンプレに使っていただきたい。


「抜粋で済まそうと思いましたが、ここは登場させていただきましょう。今の素潜り旬が」


自分が何者であるか を探し求める場合、今の自分を蔑ろにしている状態というのは、興奮状態にあり、アドレナリンが出ており「いけるところまでは、いく」という状態である。しかし、Kの場合は途中でその状態が切れてしまう。レプリカントであるからこそ、そのまま行動出来るのか、人間だからこそ、諦め、つまり「やれるところまではやろう」に切り替えられたのか。答えは分かれるだろうが、俺の答えはこうである。


「Kは動物だ」


2046年には羊が自然からそのまま産まれてしまうという奇跡が何度か起きており、それは女性のフラッシュバック現象に起因するものだった。(平行世界の)オリヴァー・サックスが幻覚として、片目の失明した部分に視えてしまう光をブレードランナーと名付けたが、実際は高速で移動する羊であったという。それから3年後、三菱自動車で現れたKの座席には羊毛がびっしり付いていた。