気づかれないように踊ること『ヘイル・シーザー』(コーエン兄弟)

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『ヘイル・シーザー』

劇中劇が(劇中劇と分からせる演出なこともあり)大味なせいで、それが劇中劇中劇に見えてしまい、そのせいで本当の劇中劇中劇がさらに大味に見えてしまう。
「だからなんだってんだ!笑」
それが『ヘイル・シーザー』の良さであり、映画というものの良さである。大味な演技と素晴らしい脚本が合うというのは、『ラ・ラ・ランド』とその流れに乗った最近のミュージカル以外のミュージカルを観れば明らかで、例えばこの映画の劇中劇のミュージカルだって元ネタはいくらでも探せばあるだろうが、探す気なんて起きないほど素晴らしいものだった。そう、シンプルなほど、歌と踊りに移行しやすいのだ。売れないジャズピアニストが今風バンドのサポートをやっているくだらない流れなんて入れている場合じゃなく、すぐにでも気持ち良い移行にはいる準備に入らなければならない。ミュージカル映画はそれの繰り返しにより、観客もろともトランスしていく映画だからである。笑 そそれが1番うまくいっているのがディズニー。笑 だからこそファンはディズニーランドに行っただけでトランスできる。笑

ちなみに劇中劇は、全て誰かが失敗している。というのは、劇にも、劇中劇中劇にも移行しやすくするためである。観客にフェイクをかけるためでもあるだろうが、それはミュージカル映画と同じ構造を持つことを隠すためのハッタリでしかない。コーエン兄弟は、とんでもない策士だ。